只今、不思議捜査中~東のはずれで犬が鳴く~

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 焼鮭か。  よし、一か八かやってみよう。持っていくのは大翔じゃなくてもいいはずだ。うまくいかなくても静が来るまでの時間稼ぎにもなるだろう。  卓史はキッチンへ足を向けて手早く鮭を焼いた。  明日の朝食にと話していた鮭だけど、一切れ消えたとなったどう思うだろう。姉の顔を思い描いてかぶりを振った。幽霊が欲しがったとでも言い訳しよう。なるようになるさ。  焼鮭のいい匂いに自分も食べたくなってしまったが、鮭を皿に乗せて上着を羽織る。卓史は「よし行くぞ」と意を決して玄関へと向かう。大翔に持たせるわけにはいかない。自分が行くしかない。 「おじちゃん、行くのはぼくだよ。そうじゃないと頼朝さんが納得しないよ」  大翔が腕を引っ張り真剣な眼差しを向けてくる。 「大丈夫だ。何かあったらおいらが守る」  すぐ横で若丸が目を見て頷いている。  外からは「義経、そこにいるのだろう。無視するな。出て来い」との声が飛ぶ。  卓史はどうしていいのか判断に迷った。 「おじちゃん、お願い。ぼくに行かせて」  大翔の懇願する眼差しを見てしまうと自分の考えが揺らぐ。若丸も「大丈夫だ」との言葉で後押ししてくる。 「わかった。けど、おじちゃんも一緒に行くからな」  卓史は焼鮭の皿を大翔に渡すと、固唾を呑み玄関扉を開けた。目の前に頼朝が目を光らせていた。頼朝の威圧感に直面した瞬間に冷たい風も吹き抜けていく。 「やっと来たか。おまえの住む世界はここではない。ともに黄泉の国へ帰ろう」  大翔は「それはできない。みんなを悲しませたくないもん」とかぶりを振った。 「なに、またしても兄に刃向かうのか」  日本刀を持つ頼朝の手に力が入っているのか少し震えて見えた。眉間に皺も寄っている。まずい、家の中に戻ったほうがいい。そう思ったのだが、大翔は一歩前に出て焼鮭の乗った皿を差し出した。
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