13人が本棚に入れています
本棚に追加
/46ページ
焼鮭か。
よし、一か八かやってみよう。持っていくのは大翔じゃなくてもいいはずだ。うまくいかなくても静が来るまでの時間稼ぎにもなるだろう。
卓史はキッチンへ足を向けて手早く鮭を焼いた。
明日の朝食にと話していた鮭だけど、一切れ消えたとなったどう思うだろう。姉の顔を思い描いてかぶりを振った。幽霊が欲しがったとでも言い訳しよう。なるようになるさ。
焼鮭のいい匂いに自分も食べたくなってしまったが、鮭を皿に乗せて上着を羽織る。卓史は「よし行くぞ」と意を決して玄関へと向かう。大翔に持たせるわけにはいかない。自分が行くしかない。
「おじちゃん、行くのはぼくだよ。そうじゃないと頼朝さんが納得しないよ」
大翔が腕を引っ張り真剣な眼差しを向けてくる。
「大丈夫だ。何かあったらおいらが守る」
すぐ横で若丸が目を見て頷いている。
外からは「義経、そこにいるのだろう。無視するな。出て来い」との声が飛ぶ。
卓史はどうしていいのか判断に迷った。
「おじちゃん、お願い。ぼくに行かせて」
大翔の懇願する眼差しを見てしまうと自分の考えが揺らぐ。若丸も「大丈夫だ」との言葉で後押ししてくる。
「わかった。けど、おじちゃんも一緒に行くからな」
卓史は焼鮭の皿を大翔に渡すと、固唾を呑み玄関扉を開けた。目の前に頼朝が目を光らせていた。頼朝の威圧感に直面した瞬間に冷たい風も吹き抜けていく。
「やっと来たか。おまえの住む世界はここではない。ともに黄泉の国へ帰ろう」
大翔は「それはできない。みんなを悲しませたくないもん」とかぶりを振った。
「なに、またしても兄に刃向かうのか」
日本刀を持つ頼朝の手に力が入っているのか少し震えて見えた。眉間に皺も寄っている。まずい、家の中に戻ったほうがいい。そう思ったのだが、大翔は一歩前に出て焼鮭の乗った皿を差し出した。
最初のコメントを投稿しよう!