針とココア

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最初は、魚の小骨が刺さるような感触だった。 一人暮らしのワンルームに、チャイムの音はよく響く。戸を開ければ、幼馴染のりん子が目を赤くして、口を一文字に引き結んで立っていた。そんな顔をしていても、パフスリーブのブラウスにパニエの仕込まれたスカートを着ている姿は人形のようだ。 もう何度目だったろうか。ぼんやり頭の隅でそう思いながら、いつものように部屋へ通す。遠慮もなくベッドの上に腰を下ろすと、対面に床に座った俺に、堰を切ったように延々と恋人の愚痴を話す。これではどちらが部屋の主人なのかわからないが、文句を言う間すらないので仕方がない。 「私、もういーちゃんと結婚する……」 微塵もそうなりたいとは思ってもいない、自暴自棄で言っているのがよくわかる。恋人と別れたあとは必ず、長々とした愚痴をこう締めくくるのだ。最初は少しばかりもしやと――いや、かなり、期待をした。 もしや、りん子は約束を果たしてくれるのか。 そんな気持ちを打ち砕くように、すぐにりん子は新しい恋人を作り、そして別れる。このサイクルも片手に収まらなくなってきたあたりで、俺も数えることをやめた。じくじくと喉が痛むような錯覚がする。 大きくなったら、私と結婚してね。指切り! まだお互い真新しいランドセルを背負っている時分だった。入学に伴い、隣の家に引っ越してきたりん子と、趣味のせいか、早くも周囲から浮いていた俺が仲良くなるのは必然のように思える。 男の子はロボット、女の子はお人形。そこを間違うだけで、後ろ指をさされるには十分だ。俺の趣味――例えば、着せ替え人形。例えば、おままごと。戦隊ヒーローよりも、お姫様の方が好きだった。特に綺麗なドレスに、俺は心をひかれた。そのせいで、今では自分で洋服を縫ったり、ウィッグを被って化粧をしたり……いわゆる女装趣味になった。 別に、男が恋愛対象ってわけじゃない。女の恰好が好きで、それを着こなす女も好きというだけだ。 ――そう、例えば、りん子のような。 指切りげんまん、嘘ついたら、針千本飲ーます! 思えばあの時も誰かクラスの男子にでも告白して、フラれた後だったのではなかったか。生まれついてこの方、恋愛のことばかり考えているようなりん子だ。その勢いの自暴自棄で俺と指切りなんかしたのではないか。本気ではないから、さっぱりと忘れて次の恋へと走り出していくのではないか――俺を置き去りに。
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