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そんな思いが針の間をかい潜って湧き上がるが、早々にそれは打ち消される。中学、高校と、制服はちゃんと男物であったのだ。それでもりん子の目はいつも別の男に向いていた。つまりは、そういうことだ。
「ねえ!マスカラ貸して?忘れちゃったみたい」
「!」
振り返ると、戸から幾分さっぱりとした顔だけを出したりん子と目が合う。
「いいよ。……ビューラーもいる?」
「いるー」
粉を溶かしきることは諦め、そのままテーブルに持って行くことにした。あ、ココアだ、と少し弾んだ声が後ろについてきていた。
「他は平気?」
がちゃがちゃと音を立てて、部屋の隅に置いたカラーボックスの中をあさる。少し整理したほうがいいかもしれない。
「大丈夫……あー!可愛い!」
唐突に大声を出したりん子の方を向けば、姿見の横にかけておいた洋服をいつの間にかその身に当てがっていた。昨日仕上げたばかりのワンピースだ。体のラインがあまりでないデザインで、りん子には大きい。
「いーちゃん本当にすごい!こんな可愛いの作れて、しかも似合っちゃうし!」
ほら!と腕を掴んで強引に姿見の前に立たせると、今度は俺にそれを当てがった。鏡には、笑顔のりん子と、呆けたような俺が並んでいた。俺の顔――化粧をしていない顔では、洋服に負けてしまっている。
にこにことした人形のような顔をりん子がふいに鏡から俺に視線を移す。
「でも、やっぱり男の子なんだね」
思わず唾を飲み込む。否、鋭く大きな針を飲み込んだ。じくじくと、熱にも似た痛みが喉にある。千本の内の、何本目だろうか。
「顔の輪郭かなあ。髪、耳にかけちゃうとね」
言いながら、りん子はまた鏡を見て自分の輪郭を撫でた。いかにも女性的な丸い柔らかな輪郭。
――羨ましい。無神経なほど無邪気なりん子の横顔を見る。気が付くと、りん子の肩を掴んでいた。何故だろう。
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