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「可愛い」
気持ちが整理できずにうわ言のようにそう口から漏れ出る。りん子には聞こえなかったようで、え?と短い音が返ってくる。
「どうしたの? あ、いーちゃんもなんか嫌なことあった?」
私ばっかり話聞いてもらっちゃったよね、とりん子は無遠慮に優しい。言葉が、思考が、まとまらない。
「可愛いね、りん子」
同じ言葉を繰り返す。りん子が小首をかしげた。可愛いな、クソ女。混乱した脳裏がまた悪態をつく。ああ。
ああ、俺はお前が愛しいが、それと同じくらい羨ましくて堪らない。そして、誰か知らない男に、俺の憧れた全てをむざむざと差し出すお前が、それを当然のごとく受けて粗末に捨てるその男たちが、憎くて堪らない。いっそ泣いて俺に縋ってくれればいい。自分をひどく扱った男を殺してくれとでも言えばいい。言えば望む通りにしてやりたいのに、りん子は振り返らず次へ行く。可愛い顔、可愛い服、可愛い態度で、俺を見向きもせずに。
「可愛いよ」
その全てを伝える勇気はない。今の状態よりも悪しくなったとしたら、俺は――と、また弱さがふたをするのだ。それがいくつもの針をさらに深く刺す。
マグカップの中では、未だ溶けきらない粉が浮いていた。
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