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「ん? なに?」
テーブルやグッズを片付けている最中だった男が、手を止めて話を聞いてくれた。
「シゲに会いたいんです」
「さっきまでいたよ? 物販こなかった?」
もしかして、客と勘違いされているのか。
「そうじゃなくて、話さなきゃいけないことがあって……」
「シゲなら先出てったよ。なんか用事あるとか言ってさ」
少し離れたところから声が飛んできた。
「はあ、マジかよ。片付けくらいしろっていうの」
「アイツこっち地元だからしょんなかろーもん」
おれはがっかりした。ここまでやっとの思いで来たのに、シゲにすら会えないのか。
「あの、どこに行ったとかって」
「わからんなあ。俺たち福岡だから、今夜の夜行バスで帰るつもりだとは思うんだけどね。明日も予定があるから」
おれはうなだれてライブハウスを出た。
帰り道は行きの苦労が幻だったみたいにあっという間に駅に着き、人でごった返した電車に乗り込んだ。
この先、どうやってリッカにつながる手がかりを探せば良いのかわからず、途方にくれた。今さらあのライブハウスでシゲの連絡先だけでも聞けばよかったと思いついたが、もう戻っても誰もいないだろうと、自分の思い至らなさにショックを受けた。混雑した電車は窓が曇って外の景色も見えなかった。
とぼとぼと家までの道を歩く。明日からどうしたらいいのだろう。シゲに賭けていたから、これから先の道すじを何も考えていなかった。
悩んでいるうちに、家の近くまで来てしまった。これで、帰ってみたらリッカがいた、なんてことがあればいいのに。しかし、玄関の隣にある台所の窓は真っ暗で、誰もいないのは明白だった。
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