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が、おれは立ち止まった。
台所の窓ではない。暗い玄関の前に、人影を見つけたからだ。思わず呼びかける。
「シゲ!」
振り返ったのはやはりシゲだった。ずっと一緒に暮らしていたのだ、見間違えるはずはない。
おれは砂利の上を小走りで駆け寄る。しかし彼は、おれの姿を見るとけげんな顔をした。
「誰ですか?」
「あ、えっと」
急いで近づいたはいいものの慌てた。そりゃそうだ、シゲはおれが人間になったなどと知らないのだ。信じるわけもない。おれはシゲに何をどうやって尋ねるつもりだっただろう?
頭をフル回転させている間に、逆に彼のほうが合点のいった顔になった。
「もしかして、この部屋に新しく住んでる」
こくりと頷く。仕事柄、いきなり声をかけられるのには慣れていたか。不審者に思われなかったことにほっとしていると、シゲは残念そうな顔になった。
「そうですか……ここに前住んでた人に会いにきたんだけど」
もう出て行ったのか、とため息をつくので、おれはきょとんとした。
何の話だろう? シゲが用事があるというなら、それはリッカのはずではないのか?
「リッカのこと? まだ住んでるよ?」
「え?」
まじまじと見つめられる。
「あ、今はいないけど。逆に、どこに行ったか知りたくて、聞きにいこうとしてた。ライブハウスで会えなかったからどうしようって困ってたけど、ここで会えてよかった」
一息で伝えた。何か手がかりは得られるだろうか。
「リッカは引っ越してないのか? でも、君もここに住んでるって言ったよな。つまり、今リッカと同居してるってことか?」
シゲの口調がいきなりくだけたものに変わった。おまけに、こちらを問い詰めるような語気の強さだ。
おれは少し困惑しながら答える。
「そうだよ。一緒に住んでたんだけど、バイトに行ったまま突然帰ってこなくなっちゃったんだ。連絡もないし、どこにもいない。手がかりも見つからないから、シゲならもしかしたら何か知ってるかもしれないと思って……」
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