Ⅲ ジャコ

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「リッカが音楽をやめた? あいつ、まだ、曲を作れないでいるのか?」  シゲは驚いたように言った。 「そうだよ。鼻歌だって歌ってるのを聞いたことない。バイト以外は出かけるときも一緒だったから、外でだって歌ってないはずだ。パソコンも調べものくらいでしか使ってなかった。あんなに、作るのも歌うのも好きだったのに、いったい何があったんだ」  おれは思い出す。  最初におれを拾ったとき、鼻歌をうたいながら走っていたリッカを。  いいフレーズ思いついた、と言っては揺らしていた猫じゃらしを放り出してパソコンに向かい始めるリッカを。 『曲つくんのは、おまえの尻尾見てたほうが捗るんだよなー』 『どうやったら猫の尻尾からあの複雑なメロディが生まれてくるのか不思議だよ』 『そりゃオレにもわかんねえ。ジャコがいなかったころは、どうやって作ってたっけなあ』  リッカのライブをおれはテレビでしか見たことがない。それはほんの一瞬だけ流れたニュース映像だったが、見るたび心はざわめき、わけもわからず走り出したくなった。  ステージも客席もわけのわからない興奮と熱気に包まれていた。それを中心で巻き起こしているのがリッカだった。 『インディーズの人気ロックバンド「タチアオイ」が初の全国ツアーで各地を回りました。タチアオイ、は近々メジャーデビューを控えており……』 『ジャコ、これ映るとテレビの前くるよな。オレたちだってわかってんのかな』 『リッカの声だからわかるんだろ。それより何回目だよ、録画流すの』 『だって楽しかったじゃん。それに、始まった瞬間ジャコの動きが止まるからおもしれえんだ』  リッカは楽しんでいた。けれど、楽しいだけで世界は動かせないだろう。  歌うのがリッカの仕事だった。彼はそうやって、生きてきたのだ。
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