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「……リッカがトラブルを起こしたんだ」
シゲがゆっくりと説明を始める。
「その相手がやばいやつで、上から圧力かけられた。事務所からバンドごと首を切られて、メジャーデビューが白紙になった。リッカが起こした問題だったし、あいつはそのとき曲が作れなくなってたから、タチアオイは活動休止って形になった。俺は今やってるバンドの拠点が東京じゃないから、リッカとの同居をやめた。何があったか簡単に言うとそんな感じだ」
「リッカ、どうして曲作れなくなったんだろう。何かショックだったのかな」
「いや、トラブルは女がらみだって聞いたから、ただ相手が悪かっただけで大した内容じゃないと思うよ」
「女?」
「そう。あいつ女癖悪かったからな。って、今はそんなでもないのか? いや、そもそも、子供の前でそんな話はしねえか」
あ、とおれは思った。
――もしかしたら帰ってくるかも、って、いまだに思ってるんだろうなあ。
リッカは誰か大切な人をなくしたのだ。その人がいなくなったから、歌も歌わないし曲も作れなくなったのだ。
誰かがとつぜんいなくなることは、とてもさびしい。
おばあさんが死んだとき、おれはさびしかった。呼んでもこたえない。動かない。そしていなくなる。どうしたらよいかわからなかった。
その前の飼い主との別れもあったが、離れてからもたまに会いに連れていってもらえたし、なによりおばあさんがいたから、それほどではなかった。
おばあさんが死んだあとは、リッカがいた。リッカに拾われてからはもうさびしくなかった。
でも、大切な人をなくしたリッカには誰もいなかった。記憶をなくした、役立たずのおれしかいなかった。
……シゲと、バンド仲間以外には。
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