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「でも、無理だったんだよ。トンは子供が生まれたばかりで、しかも病気があるってわかって、そんな先の見えないバンドに生活かけるわけにいかなかった。ハチは、前のバンドもトラブルが原因でダメにしてる。俺たちのことも信じられなくなったって言われた。それでも、リッカがやろうっていうなら俺はついていったよ。二人のことだって説得した。でも、リッカは、言わなかったんだ。俺じゃリッカを動かせない。俺にできたことは、何もないよ」
「嘘だ。そんなの誰が決めたんだよ」
おれは泣きそうになりながら言った。
「シゲは、音楽のことを知ってる。ずっとリッカと一緒にいて、誰より信頼されてた。なによりシゲは人間で、それなのにリッカを動かせないっていうなら、おれにはもっと何もできないじゃないか」
握りしめた手のひらが痛くなる。
「リッカの仕事は歌うことなんだろう。仕事っていうのは、それをやって『生きていく』ことだって、前に言ってたんだ。それなら、おれはリッカを『殺してた』。一緒にゲームして、言葉を教えてもらって、へたくそな料理を食べさせて『美味い』って言ってもらって。おれは一緒に過ごせて楽しいってことしか考えてなかった。その生活がリッカを死なせてるってことに、これっぽっちも気づいてなかったんだよ」
もはやシゲの存在も忘れて、おれは続けた。
「もっと早く思い出せばよかった。そしたら、こんなことにならなかったかもしれないのに。おれは、リッカを動かせないだなんて信じないよ。だっておれは、リッカにまた歌ってほしいから。
歌ってほしい。たくさんの人の前で歌ってほしい。世界を変えてほしい。おれは、その中の一人でいい」
ほんとは、違った。リッカと過ごす時間は楽しいだけでなく、なにより幸せだったから。
そんな瞬間をもう二度と過ごせないのだとしたら、耐えきれないほどつらい。
「リッカに会いたいよ。会わせて、言わせてくれよ。いつもおれを見つけて拾ってくれたのに、肝心なときにどこ行っちゃったんだよ。戻ってきてくれたら、もうこれから一緒にいられなくてもいいから――――」
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