42人が本棚に入れています
本棚に追加
リッカの胸は、身体は温かかった。もう絶対逃がさない、と思いながら、おれは抱きつき続ける。
離れろと言ったくせに、彼の手はおれの背中に回っていた。それに気づいた瞬間、いっそう強くしがみついた。
「リッカ。厄島から聞いたぞ、引っ越しのバイトってなんだよ。もう音楽はやめたっていうのか」
「やめてねえよ。あ、引っ越し屋はやめたけどな。厄島のヤロウ、律儀に言いふらしやがって」
リッカが毒づく。
「というか、お前どうしたんだ、その指」
「ちょっとケガしたんだ、大丈夫、もう治るよ」
ケガ、と聞いて驚いて身体を離す。リッカの右手の中指が白い包帯でぐるぐると巻かれていた。
「あ、お前が離れると急にさみいな」
リッカが笑う。
あれだけリッカに会わせろ、とまくしたてたのに、いざ本人を目にすると何も言葉が出てこない。おれはリッカの目を見つめた。
「どうした。言いたいことがあるんだろ」
優しい口調でうながされる。口を開いた。
「リッカ、バイトをやめてほしい」
「もうやめたって言ったろ」
リッカは不思議そうな顔をした。
「そうじゃなくて、これからもずっとしないでほしい。お金がないなら、やっぱりオレがバイトして稼ぐ。だからリッカは、歌ってほしい」
おれは続けた。
「でももし、今歌いたくない気持ちだったら、そういう気になるまで、好きなことしてたらいい。リッカがこれまでおれのためにしてくれたみたいに、今度はおれがリッカの面倒をみるから。だから、それでいつかまた、歌をうたえるようになってほしいんだよ」
最初のコメントを投稿しよう!