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四人の組むバンド、『タチアオイ』が有名になるにつれ、リッカは忙しくなっていた。昔はシゲが家にいないほうが多かったのだが、リッカが家を空ける時間が増えていった。
「でも曲つくんのは、おまえの尻尾見てたほうが捗るんだよなー。家帰る時間が取れないと、さっぱり浮かばなくなっちまう」
「どうやったら猫の尻尾からあの複雑なメロディが生まれてくるのか不思議だよ」
隣の部屋からシゲが苦笑するのが聞こえた。二間を区切るふすまが開け放たれている。
「そりゃオレにもわかんねえ」
リッカは足の指先にはさんだ猫じゃらしを器用に揺らしながら、キーボードを叩いていた。おれは寝そべって、上半身だけそれを追いかけた。
「ジャコがいなかったころは、どうやって作ってたっけなあ」
おれももう、リッカのいなかった暮らしを思い出せなかった。ここでの暮らしは第二の命として十分だったのだ。ささいな不満も日々を彩るスパイスに過ぎない。おれは満ち足りていた。
春はモンシロチョウを追いかけ、梅雨は土を叩く雨を眺める。夏は死にかけの蝉を拾い集めて、秋はサンマのにおいにつられ道に迷った。冬は何度追い出されてもリッカの布団に潜り込み、いつしかリッカはあきらめた。
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