Ⅰ ジャコ

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 シゲはノートパソコンを閉じ、ふうと息を吐いた。 「リッカがお前を拾ったときには、びっくりしたな……意外すぎて。お前を大事にしてる今ならよくわかるんだけどな。でも本当は、その何分の一かでもこっちにわけてほしいとこだけどさ」  その時だった。なにか、ピンと感じたものがあった。ヒゲが勝手にそそり立つ。  狩りをするとか、周囲を警戒しながら眠りにつくとかそういう、とうに失われたはずの野生の本能と似た感覚だった。  なんだろう、これは。もしかして……リッカに何かあった? しかし、何が?  急に立ち上がったおれに、シゲはびくっと体を揺らした。 「おい、どうしたんだ」  前、後ろ、左右を見渡す。この部屋に異常があるわけではない。やはり、リッカだ。リッカは今どこにいる? 「おい、ジャコ!」  おれはシゲの部屋を後にし、リッカの網戸に開いた穴から飛び出した。  ずっと寝てばかりいたから、久しぶりの外だった。出てみればまだ空気は肌寒く、生き物たちは地中や隅っこにうごめくだけでまだ生を謳歌するには到っていない。  おれはリッカをさがして走った。拾われた日にあれほど憎んだ雌犬の鼻が今は欲しかった。元気な時だってそんなに遠くに脚を延ばしたことはないのだ。景色はすぐに知らないものへと変わり、ただ「リッカに何かあった」、それだけがおれを突き動かしていた。
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