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ひとり言のつもりの呟きに、シゲは返事をよこしてきた。
「タチアオイだよ」
「へえ、そんな名前なのか。花の名前知ってるなんて、お前、物知りなんだな」
「いや、別に」
シゲははにかむのを押しつぶすみたいな、不器用な表情をした。
「ばあちゃんちに咲いてるから。そんだけ」
「ふーん」
母親が早くに出て行って、祖母がほとんど育ててくれたオレのようにこいつもばあさんっ子なのかと思うと、なんだか親近感がわいた。
到着したスタジオで、ベーシストの野田を紹介された。もう社会人で、スタジオミュージシャンとして活動しているという。ダサい黒縁メガネの下からオレに一瞥をくれると、シゲに尋ねた。
「ダチ?」
「いや、今日近所の高校の文化祭に行ってきて。そこで誘いました」
「へえ」
再び視線をよこされた。値踏みするような目が癪に障る。
「俺は野田慎二。茂から聞いたか知らねえけど、ベース弾いてて、今はバックバンドとかライブのサポートとかで食ってる。お前、ボーカルなんだよな。名前は?」
「菅原立夏」
オレの憮然とした声を気にもせずに、野田はいきなり楽譜を手渡してきた。タイトルを見ると流行りのポップスで、有線でもよく流れているから知っている。
「歌える? 合わせてみよう。ちなみにギターは?」
「弾けねえ」
「しょうがねえな。ま、いいだろ」
その物言いにむかっとして、もし次会うことがあるなら、絶対にマスターしといてやろう、と心に決めた。
「茂も位置つけよ。さすがにドラムまでなけりゃ間抜けすぎるからな」
また気にくわない言い方だ。見てろよ、とばかりにオレは息を吸った。
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