Ⅰ ジャコ

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 電話のベルが鳴った。うるさい、と思いパンチを繰り出すと、ガタリと受話器が落ちてぶらぶらと揺れた。それっきり音は止み、二度と鳴ることはなかった。  どれだけ時間が経ったのか、うっすら死のにおいが部屋に漂い始めたころ、玄関ドアがガチャガチャ嫌な音を立てた。今まで起きたことのない異変に、おれはすきっ腹をなだめて立ち上がり、耳をぺたんとねかせる。やがて扉が開き、見知らぬ男が二人入ってきた。彼らが家じゅうを検分しながら奥まで侵入してくるのを、カーテンの陰に隠れて観察した。 「スガハラさん、スガハラさーん」 「あっ」  母さん、と呟いた男ともう一人が、ベッドに駆け寄り立ち尽くすのを、おれはじっと見守った。 「これは……」 「ご愁傷様です」  しばらく男たちは手を合わせ、それから電話で誰かを呼んだようだった。サイレンの音が小さく聞こえ、だんだん大きくなり、すぐ近くまで来て止まった。揃いの黒っぽい服を着た男たちが今度は幾人も入ってきて、誰の許可も取らずに、家じゅうを蹂躙して回った。 「規則なんでね。調書を取らせてもらいますよ」 「はい、構いません」 「事件性はないと思うんですが、顔に傷があるんだよなあ、自分でやったとは思えないし」  カーテンに隠れたままのおれは、優しかった飼い主が無遠慮につつき回されるのを黙って見ているしかなかった。あげくの果てに奴らは、おばあさんを持ち上げ、どこかへと連れて行ってしまう。  威嚇の一つもしてやりたかったが、見つかれば何をされるかわからない。身じろぎもせずに、必死で息をひそめる。しかし、その努力は早々無駄に終わった。 「まあなんにせよ発見が早くて助かったな」 「真夏だったらこの時間でもまずかったろうけどな……あ? あそこ、犬かなんかいるのか」 「室内飼いの犬? もしかして傷の原因か。逃がしたらまずいな」  身を覆うカーテンがさっとめくられる。制帽の下の、ぎょろりとした目と、目が合った。やられる、と生命の危機をおぼえて身をかわす。 「あ、猫だ」 「おいコラ、逃げるな」
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