Ⅱ リッカ

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 自分に「友人」と呼べる人間がシゲくらいしかいない、とうすうす気づいたのはこのときが初めてだった。しかし、彼が一人いれば問題はなかった。シゲは都内ではあるが都心にはない安アパートで一人暮らしをしており、オレが音楽をやることにも、理解があるどころの話ではない。 「別に、うちに住むのは構わないけどさ、二人には狭いし、だいたい何があったんだよ」 「親父に追い出された」  事実ではないが、現象としては合っている。シゲは眉をくもらせた。 「え、それまずいんじゃねえの。大学とか、金とかどうすんだよ。リッカ、バイトしてなかったよな」 「バイトはしねえよ。出所はともかく貯金があるからそれでつなぐ。大学はやめた。オレは歌で食えるようになる」 「リッカ……」  バンドメンバーに逃げられるのはこれが初めてではなかった。どいつも最初はオレの歌を聞いて「いい」と言い、死にもの狂いで練習したギターも「悪くない」と言う。けれど、スタジオに入りセッションを繰り返すごとに、演奏の上達と反比例して雰囲気は悪くなり、いつしか「辞めるわ」と言い出す。あるいは、勝手に去っていく。  遊びのつもりはなかった。しかし、遊びにしか見えなかったのだ、親父には。  退路を断つこと。甘えた関係は切ること。パフォーマンスも作詞、作曲もまだまだ戦えるレベルではない。死にもの狂いで磨いて、メンバーの話はそれからだ。そして、結果でもって、親父のやつをぶちのめす。 「リッカ、昼飯は?」 「忘れてた」 「俺コンビニ行くから買ってこようか」 「サラダチキンと豆腐とゆで卵」  二十四時間のうち、睡眠以外の二十時間弱を音楽に費やした。髪も切らずひげもそらず、食事はメニューを決めてルーティン化し、古今東西の音楽や本からインプットも怠らなかった。  歌にせよギターにせよ、身体のことを考えると練習しすぎもマイナスだったため、わざと取り組む時間に制限をかけた。その分残った時間は曲作りに没頭し、週に一曲以上のペースでコンスタントに積み重ねていった。
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