Ⅱ リッカ

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「ギターとCDの音量はほどほどにしてくれよ、リッカ」 「あー」 「生返事すんな。苦情がきてんだよ、追い出されるぜ」 「ハイハイ」  オレは全然深刻にとらえていなかったが、シゲの言ったことは本当だった。ある日突然、「退去命令文」とやらが玄関ドアにべたりと貼られたのだ。 「はあ、ふざけんな。家賃は払ってるだろ、文句言ってきてやる」 「やめろよリッカ、だいたい払ってるのは俺だって、ああ……」  シゲが穏便にすませようとしたのに、オレがのこのこ飛び出していったのが敗因で、オレたちはあっさり家を追い出された。理由は二つ。楽器の演奏が禁止されていたことと、そもそも一人暮らし用の物件に二人ではばかりもなく暮らしていたことだった。 「まあ、俺が悪かったところもあるし」  シゲは言った。 「そりゃそうだな」 「おい、少しは反省しろよ」  グーの手で小突かれる。呆れたようにため息をつかれたが、オレは事実を述べたまでとしか思っていない。 「とにかく、今までの分はいいから、引っ越し代は少しは出してくれ。あと、二人以上で住める部屋だと家賃も上がるから、今度は少しくらい払えよ」 「わかった」  結局、見つかった部屋は築四十年を優に超えるおんぼろアパートの一階にあり、風呂とトイレが共用でないのが逆に奇跡に思えるほどの物件だった。 「リッカ、本当にこんなところでいいのか? 実家、ずいぶん立派なマンションなんだろ」 「別に平気だよ。家なんて、屋根と床さえありゃ大した違いなんかねえだろ」 「いや、さすがにそんなことはないと思うけど……やっぱりお前、大物だよな」  事実どうでもよかったし、茶色くくすんだ外壁に剥げかけた『吉田荘』というプレートがかかっているさまは、むしろ情緒にあふれている、と思った。  畳の生活にもすぐに慣れたし、なにより重要なのは気兼ねなく音楽ができる環境だったのだから、ぜいたくなど言ってはいられない。今度はきちんと、内覧の際にわざわざギターの実物を見せて許可を取ったのだ。引っ越しで貯金が目減りしたこともあり、オレは一層練習に精を出した。
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