42人が本棚に入れています
本棚に追加
/145ページ
悪態をついたわりに、シゲはほぼ打ち込み通りに演奏してみせたので、驚いた。おまけに曲が終わるとがつがつ提案までしてくる。
「サビ前、もうちょっと盛り上げたほうがよくないか」
「どんな風に」
シゲは即興で、フィルインに様々なアレンジを加えてみせる。
「今のやつがカッケ―な」
「了解」
三時間があっという間に過ぎて行った。今までの奴らとは全然違う。下流に向かって幅の広がる川の流れのように、曲が良いものに育っていくのがわかる。歌が勝手に「乗る」感覚も、あの日と同じだった。
オレは何を一人で足踏みしていたんだろう。正解は、すぐここにあったのではないか。
「雨降ってきそうだなあ。傘ねえや、しくったな」
スタジオを出て曇天を見上げたシゲが呟いた。オレももちろん、傘など持っていない。生まれてこのかた持ち歩いたことがない。そのとき、ズボンのポケットで携帯電話がふるえるのを感じた。
「ちょい待ち、電話かかってきた」
「おう」
画面をのぞくと、数年ぶりに見る名前が表示されていた。不審に思いながらも通話ボタンを押した。
「なに?」
「もしもしリッカ? 合ってる?」
電磁波で多少ゆがめられてはいるが、それは姉の声だった。前に会ったのは正確にはいつだったか。
「ああ。なんだよ、突然」
「いや、あんた知ってるだろうとは思ったんだけどさ、葬式にいなかったから気になって、もしかしてと思って」
「回りくどい。何の話だ」
さばさばした女のはずなのに、妙に引っかかった物言いをする。
「あーやっぱり……父さんリッカには伝えてなかったのね。おばあちゃん、亡くなったのよ」
「……は?」
最初のコメントを投稿しよう!