Ⅰ ジャコ

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 敵に追われた経験などないが、本能で男たちをかいくぐった。玄関まですかさず走る。そして、開いたままだったドアから飛び出した。初めて目にした外階段を、滑り落ちるように降りていく。 「待て! お前も関係者だぞ!」  どんよりと重だるい空気の中を走った。振り返る暇はない。必死で逃げながら、隠れ場所をさがす。外に出たことがないから、どんな場所を選べばよいのかわからない。  ちょうどいい脇道だ、と右に曲がったところで止まり、顔をのぞかせそっと来た道をうかがった。追っ手の気配はそこにはなく、無事にまけたのだろうとほっとした。とはいえ、気は抜けない。忍び足で、時たま後ろを振り返りながら、勝手の分からない街の中を歩いた。  しばらく歩いたが、先ほどの人間たちに追いつかれる気配はない。すれ違う幾人かには「あ、猫」と指さされもしたが、すっと身をかわすと、興味を無くしたようにみな去って行った。  そんなことを繰り返し、緊張がほどけると、おれはすきっ腹を思い出した。どこまでも灰色が続く道路には、煮干しの一匹も落ちていやしない。歩いていても腹が減るばかりだ、と立ち止まり、崩れたブロック塀の隙間にそっと身を寄せた。  空腹以上に疲れきっていたおれは、そのまま眠りに落ちた。そしてしばらくして、目を覚ました。けれど、状況は何も変わってはいなかった。腹はますます減り、生存がどんどん脅かされていくのを感じる。何か食べ物を求め、おれは再び歩き出した。  一回、広場のようなところで、人間の子供たちが遊んでいるのに出くわした。草かげに身を隠しながら様子をうかがうと、手に美味そうな食べ物を持っている。そのまま見ていると、そのうちの一人が、ボールをぶつけられた拍子にそれを落とした。
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