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そして二人と一匹の暮らしが始まった。いや、猫がオレたちと暮らすことを選択した。
「あ、リッカ、ダメだろう、そんなところで離したら。野良になったら近所に迷惑だぞ」
「だからって無理やり一緒に暮らさせるわけにはいかないだろ。コイツの意向を確かめないと」
「人間の意見は聞かないくせに、動物のはずいぶん尊重するんだな」
皮肉られたのは無視して、掃き出し窓の外側で猫を移動用のケージから出した。そのまま自分たちは部屋に入り、網戸を閉じると、そいつは「締め出すな」とでも言いたげに「ニャア」と鳴いた。
「良かったな、シゲ。こいつ、オレらと暮らしたいみたいだぞ」
「俺の希望じゃねえ。すり替えるなよ」
寄ってこそこないが、少し開けた戸の隙間からするりと入り込んでくるさまを「かわいいな」と思った。もっとも、医者によると、こいつの性別はオスらしかったが。
「それはともかく、いつまでもコイツとかソイツとかじゃあんまりだろう。名前をつけてやったらどうだ?」
「おお、そうか。名前か」
ごろりと無愛想に寝そべった姿を見やる。ふわふわした毛並みは灰色に白や濃い灰色が混ざっている。小柄な猫だ。えらそうな背中だが驚くほど小さい。人間の何分の一もないだろう。
「『ジャコ』」
「じゃこ? ちりめんとかシラスとかの?」
「そう。知ってるか? ジャコって『雑魚』って書くんだぜ」
「それは知らなかったよ。……って、とたんにいい名前に聞こえなくなったんだけど」
「失礼なやつだな。呼びやすいのが一番だろう」
ジャコ、と呼びかけると大きなあくびで返された。こちらもずいぶん失礼な返事だと思ったが、猫の世界ではあんがい、最上級の社交辞令なのかもしれない。
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