Ⅱ リッカ

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 シゲに限らず、最近女癖が悪くなったと言われていることは知っている。事実、タチアオイを組んで以来、同じ女と二度寝たことはない。  当然だ、オレはこのバンドにかけていた。ベースの枠をはみ出た、ゴリゴリとした音を鳴らす野田。職人技のようなメトロノームも、ボーカルを食う勢いのスティックさばきも同時にやってのけるシゲ。唯一無二のメンバーだと気づけたのだから、回り道をしたかいは十分にあった。言っては癪に障るが、オレを追い出し奮起させた親父のおかげも多少、は。  一つ欠点をあげるとすれば、それはオレのギターだった。目論見どおり、野田を驚かせるほどに上達はしたものの、そもそもバンド内でボーカルと両立させられるほどオレは器用ではなかったらしい。完全無欠のギターをさがすこと。これが今の自分に課せられた使命でもある。  そんな風にバンドに全身全霊を傾ける日々において、女を抱くのは、何も考えずに楽しめる気晴らしだった。相手は望むとも望まなくとも、向こうからいくらでもやってくる。シゲも野田も、それなりに同じ状況だろうが、フロントを張るオレは段違いだった。  バンドマンとはどうやらそういうものらしかった。売れる、というのはすなわちモテる、ということ。樹液に群がる甲虫の数が、人気をはかるバロメータでもあった。オレは飛んでくる虫たちをひとたび愛でては逃がしていただけだ。児戯にも等しい。非難されるいわれはどこにもないはずだった。  がたん、と家の中で物音がした。 「まだいるのか? さっさとしないとバイト間に合わねえぞ……って、ジャコか」  気難しげにこちらを見た猫は、するりとオレの部屋に入り込んだ。アパートの一階に位置するこの部屋は、玄関のたたきを上がってすぐが台所のスペースで、その先が二つの和室に分かれている。シゲと二人で一部屋ずつ使っているが、ジャコはいつでもオレの部屋に我が物顔で居座っていた。 「今はいいけど、オレが帰ってきたらちゃんと出てけよ。じゃあな」  まるで返事をするような「ナア」という鳴き声を面白がりながら、オレも出かけるために玄関へと向かった。
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