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「まだそんな寝ぼけたこと言ってるのかよ」
オレは言った。言い合いもとうに慣れっこになった野田はふんと鼻を鳴らしただけだったが、シゲは焦り、戸庭は長い前髪に隠れた目を見開いた。
「いいか。一年だ」
前触れなく宣言すると、野田もじろりとオレを見た。
「一年で、のし上がるぞ。オリコン一位とって、月9の主題歌やって、武道館でワンマンライブだ。それで、メジャーデビューする」
具体的な目標を口にするのは初めてだった。
「バイトどころか寝てる暇だってないからな。いいか、それが一年後のタチアオイだ」
野田がさっそく食って掛かった。
「そんなメジャーな路線目指してどうするんだよ。既存のファンが離れるぞ。だいたい、一年やそこらで達成できることじゃねえよ、どれもこれも」
「ぬるいな。あんたは車を運転するときハンドルしか見ないで走るのか。メニューも決めないで晩飯を作り始めるのか」
「料理なんてしたことねえ」
「揚げ足とるなよ。だったら、ベース始めたときに憧れたベーシストくらいいるだろ? 同じだよ。仮でもいい。目指すところを口にしなきゃ、いつまでだって低空飛行のままだ。というか、飛べたらいい方だ。それは助走で、そのことに気づきもせず終わっちまうだけかもしれない」
一気に言い切ると、少し沈黙が訪れた。
「俺は、菅原につくよ」
小さな声で、前髪をかきあげながら戸庭が言った。
「菅原の作る曲と声、それにビジュアルは間違いなく売れる。本人が自信を持ってやってるなら、なおさらだ。俺はそう思ったから、ここに入ろうって決めた。才能あるフロント、そしてそいつが迷走しなけりゃ、間違いなく結果はついてくる」
俺らは途中でつまづいたからな、と戸庭はかすかにため息をついた。
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