Ⅰ ジャコ

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「あ、てめ! ふざけんなよ」 「もったいなー」 「三秒ルール、拾ったら食えるだろ」 「マジかよ、きったねー」 「冗談だって、拾うかよ!」  わあわあ言いながら彼らが立ち去ったのを確認し、落ちていたそれをむさぼり食った。甘い菓子パンが胃袋にしみわたる。食べ物にありつけたのは、その時限りだった。  満たされないおれはその後も歩き続けた。日が何度か昇り、何度か落ちた。睡眠もエネルギーも足りずにボロボロになりつつあった。その時、雨の近さを予感させる水のにおいに混じって、何か食べ物のにおいが漂ってくるのに気が付いた。  におい、というのは厄介なやつだ。何度もふらふら引き寄せられては、出所が入ることのできない格子窓の向こう側で、歯がゆい思いをさせられた。しかし、今回のものは地面にほど近い地平を浮遊しているように感じられた。  低い鼻をひくつかせ慎重に歩き出す。濃くなるにおいに足は早まり、そしてついに駆け出した。こっちだ、と思った角を曲がると、あろうことか行き止まりだった。それでも、抜けられる穴でもないかと奥まで進むと、どこからか低いうなり声が響きだす。 「ウウーッ、ワン! ワン!」  小屋があり、犬がいた。餌のトレイを取り囲む子犬が数匹と、その前に立ちはだかる母犬だ。慌ててきびすを返したが間に合わない。うなり声と吠え声を交互に繰り返しながら、その母犬はおれを追いかけてきた。  どこに逃げたらいい。水分をたくわえすぎた空気が、いよいよ抱えきれなくなり、ぽつりぽつりと水滴を落とし始めた。雨か。
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