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すっと背筋が寒くなった。ナイフよりも重たい金属をぐりぐり押し付けられるのを感じる。
想像が及ぶ範囲で最悪の品だった、というのは後から分かったことだ。彼らは、単に仲間同士がつるんで歩いているように見せかけながら、巧妙にオレを取り囲んでいる。目的はいったいなんなのか。
「オレが何をした」
「不用意な口を聞くな。後悔するぞ」
「いや、本気で心当たりがない」
「冗談言えよ。今、お前はどこから出てきた? 誰と一緒にいた? そいつと何をしてたんだ」
昨晩の会話がよみがえった。
『リッカ、わたし本当はね、彼氏いるの』
抱かれた後なら何を言ってもいい、と考える女の多さがオレは常々不思議だ。
『ふーん。で? それはお前の問題だろ、オレのじゃない』
『でも彼氏さあ、ちょっとエライ人なんだよ』
シャワーを浴びた後にわざわざ直していた化粧がもうすっかり崩れているな、などと口に出したら刺されそうなことを考える。
『リッカ、やばいかもね』
――昨日のうちに刺されていたほうがまだ傷は浅かった。
「エライ」「ヤバイ」、全てを一語で片付けるセンスのなさが嫌いだ。しかし今はそれどころじゃない。
えらい、とはそっちの意味かよ、と今さら気づいたところで遅すぎる。唾を飲んだ。
悪い想像が頭を駆け巡る。袋小路に連れ込まれてボコボコに殴られる。骨を折られる。オレが歌をやると奴らは知っているから、喉でも潰されたりしようもんなら……あるいは、背中の重み。むしろ、痛めつけられる、で済むなら幸運すぎるのかもしれなかった。
抵抗できないままに、ひたすら歩かされた。繁華街にはこれほど人が溢れているのに、誰一人としてオレたちのことに気づきはしない。一人が無表情で通り過ぎるたびに、望みが一つかき消される。
絶望で頭がいっぱいになった、その時だった。
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