Ⅰ ジャコ

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 雨はあっという間に勢いを増し、やがてうなり声をかき消した。それでもおれは逃げ続けた。しかし、気が急くあまりに足元の確認を怠った。  あっ、と思ったときにはもう遅く、ツルンと右脚が側溝に滑り落ちる。やべえ、ともがいたら左脚までも。捻ったか、折れたのか。脚だか胴体だか判別できない部分が猛烈に痛み出す。  もともと体力の限界だったのだ。身体に力が入らない。最初は鳴こうと試みもしたけれど、口から出るのは荒い息遣いだけだった。目の前に転がった空き缶の色が、濃く薄く明滅した。道路脇に立つ巨大な機械、その横のゴミ箱に入りきらずにこぼれ落ちたものだ。  おれが命の最後に見る風景はこれなのか。幸せも、満足も何もない。  痛い。寒い。怖い。  ……さびしい。  その時、かすかな声が聞こえた。男二人の会話だった。 「リッカ、濡れてないで走れよ。風邪引くぞ」 「いーじゃん雨、気持ちいいし」 「ショックだったのはわかるけどさ、あんま、ヤケになりすぎるなって」  心配そうな声色だ。 「そんなこというならシゲが走れば?」 「またそーいう……」 「って、あ」 「どうした?」
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