Ⅱ リッカ

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「じゃあ……そっか。わかった。今までありがとな」  それからどのくらいの期間が経ったのだろう。ある日の朝、雨音で目を覚ますと、家からシゲの私物が全て無くなっていた。もちろん、本人も。 「安いから深夜便で引っ越すわ。家電とかは置いてくから使ってくれ」  昨日、そんなことを言っていた気がする。夜中どたどた物音がしていた気もする。ああ、一人になったんだな、と思いながら部屋の中をうろうろ歩いていると、ドラムの練習台が一つ残されているのに気が付いた。  シゲの忘れものだろう。フリスビーサイズの丸い台に、立って叩きやすいよう折り畳み式の脚がついたものだ。ジャコがよくこの上で寝ていたな、と思い出す。 『おい! ネコ! 人の商売道具を寝床にすんな』  始めの頃シゲはジャコを「ネコ」と呼び、ずいぶんよそよそしげにしていた。それが、オレに小言をいうのと同じ調子で不平を言うたびに、少しずつ仲が縮まっていったように思う。 『何度言っても聞きやしねえ。リッカ、しつけろよ』 『あいつはそんなタマじゃねえよ』 『猫が猫なら飼い主も飼い主だな』  シゲはぼやきながらも笑っていた。 『飼ってるわけじゃないさ。オレはただの同居人だ』  泣きたい気分で立ち尽くし、オレは持ち主のいなくなった練習台を見つめた。ジャコも、シゲももういなかった。人生をかけるつもりだったバンドも、自分の手で壊してしまった。  ここから何かを始めよう、という意欲がどう足掻いても湧いてこない。絶望というよりも、圧倒的な空虚。抱えきれずに持て余したオレは、降りしきる雨にもかまわずに、家の外へと飛び出した。
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