Ⅱ リッカ

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 雨は嫌いではない。ライブを終えたあとはいつだって、どしゃぶりの雨に打たれたかと思うくらいびしょ濡れになる。それが気持ちがよいから、いつだって全身で受け止めた。  しかし、今降っている雨は何も感じない。冷たさも、温かさも存在しない。オレはやみくもに歩いた。歩くだけでは足りなくなって、しだいに走り出した。  道行く人々が傘のかげから、まるで未確認生命体でも見つけたかのような目でオレを見た。それでも気にせず走り続けた。トレーニングを怠った身体はやがて悲鳴をあげ、ようやくオレは止まった。道路の端で膝に手を付き、はあはあと息を吐いた。  脇腹とこめかみがキンと痛い。ぎゅっと目をつむり、目の奥がズキズキ痛むまでこらえて、開けた。真っ白にもやのかかった視界がだんだんと風景を取り戻す……  が、それは先ほどまでの世界と少しだけ違った。  コーラの空き缶が落ちている。なぜこんなところに、と訝しむと、道路脇の自動販売機のゴミ箱が口いっぱいまで詰め込まれており、入りきらずに転がり出たのだ、と推測できた。そのゴミ箱の隣で、存在を主張するものがいる。オレは目をそらそうとするが、見つめずにはいられない。  すっと伸びた一メートル超の茎に、点在する華やかすぎる花弁。まるで、あの日からずっと咲き続けていたのでは、と思うほどの存在感。  まぶたを閉じても咲きほこる、タチアオイの花。そしてその根元にうずくまる、灰色のかたまり。 「……おい」
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