Ⅰ ジャコ

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 ついに耳までいかれたのか、近づいてくるはずの二人の声は大きくなったり小さくなったりして聞こえた。真っ赤な空き缶が、みるみる灰色に滲んでいく。ざあざあ雨の音がうるさい。冷たい。 「あそこ。灰色のかたまり。生きてる?」 「嘘。ゴミ袋かなんかだろ」 「いや絶対生き物だ」  うるさい音をかきわけて、気配が近づいてきた。おれを飼っていたおばあさんとは全然違う、かといって唐突に部屋に入ってきた乱暴者たちとも明らかに違う。低くて、柔らかくて……鮮やかな声だった。  逃げなければ、と思った。逃げないと、きっとやられる。このまま死ぬならそれは運命だが、人間にやられて死ぬなどまっぴらだと思った。なのに、身体は動かなかった。 「マジか、猫だ」 「ほら言っただろ。ってかきたねえな、コイツ」  言う間に声の主は、脇に手を差し込んで俺の体を持ち上げようとしてきた。雨よりもえらく冷たい手のひらだった。抵抗しようとするが力が入らない。ミャアとすら鳴けなくていよいよ絶望する。
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