Ⅱ リッカ

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 ふうと息を吐き、顔を離した。いつでもこの部屋でごろりと寝そべっていた、えらそうな猫の姿を思い出した。  晩年の落ち着いたころではなく、うちにきたばかりのときだ。気まぐれでふてぶてしくて、そのくせ、猫だというのにやたらと純情なやつだった。 「ジャコ」 「うん」  当たり前のように返事をするので、なんだよそれ、と笑ってしまう。 「さっそく返事してんじゃねえよ――名前、つけてやった、って言ってんの。お前、自分の名前もわかんねえんだろ?」  驚いたように目が丸くなり、唇の端が少しだけ持ち上がる。  こいつの笑う顔を初めて見た。つんけんした作り物みたいな美貌に、人懐こさがぽつりと落とされた。 「ジャコ」 「そう、ジャコな」  まなうらの猫が無関心を装ってあくびする。 「オレはリッカ。すがはら、りっか、っていうんだ。リッカって呼べばいいから。ま、部屋はそこそこ広いし、好きなところにいろ。何かしら思い出すまでは面倒くらい見てやるからさ」  リッカ、と確かめるように呟いて、ジャコはほっとしたように息を吐いた。  まだ小さいんだ、本当は色々こわかったし、心細かったのかもしれないな、とその時初めて思った。
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