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ふうと息を吐き、顔を離した。いつでもこの部屋でごろりと寝そべっていた、えらそうな猫の姿を思い出した。
晩年の落ち着いたころではなく、うちにきたばかりのときだ。気まぐれでふてぶてしくて、そのくせ、猫だというのにやたらと純情なやつだった。
「ジャコ」
「うん」
当たり前のように返事をするので、なんだよそれ、と笑ってしまう。
「さっそく返事してんじゃねえよ――名前、つけてやった、って言ってんの。お前、自分の名前もわかんねえんだろ?」
驚いたように目が丸くなり、唇の端が少しだけ持ち上がる。
こいつの笑う顔を初めて見た。つんけんした作り物みたいな美貌に、人懐こさがぽつりと落とされた。
「ジャコ」
「そう、ジャコな」
まなうらの猫が無関心を装ってあくびする。
「オレはリッカ。すがはら、りっか、っていうんだ。リッカって呼べばいいから。ま、部屋はそこそこ広いし、好きなところにいろ。何かしら思い出すまでは面倒くらい見てやるからさ」
リッカ、と確かめるように呟いて、ジャコはほっとしたように息を吐いた。
まだ小さいんだ、本当は色々こわかったし、心細かったのかもしれないな、とその時初めて思った。
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