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そうして二人暮らしが始まった。
ジャコはオレの行くところ、本当にどこへでもついてきた。止めておかなかったら間違いなく便所まで来ただろう。初動を誤らなくてよかった。
用を済ませ、洗った手をTシャツでぬぐいながら部屋に戻る。掃き出し窓から外を眺めていたジャコは、振り向いてオレの所在を確かめたあと、視線を外に戻した。
「ジャコ、外でもいくか?」
「うん」
ぱっと立ち上がり、駆け寄ってくる。犬みたいだなと思う。いや、こいつは猫か。
「飯でも買いに行くか。腹減っただろ」
「うん」
オレの履き古した靴はジャコには到底でかすぎて、早く新しいのを買ってやろう、と思った。Tシャツもジーンズもなんとか着せているが、本当は大きすぎる。今度一緒に買いに行こう。ジャコが尋ねてきた。
「どこに行くんだ?」
「スーパーだな。飯の売ってるとこだよ」
一人だったら牛丼屋か定食屋ですませるところだが、ついさっき台所に興味を示していたこいつを見ていたら、なにか作ってみようか、という気になったのだ。うまくいけば金の節約になるし、時間だけは腐るほどある。うろ覚えのスーパーマーケットを探し、並んでのんびりと住宅街を歩いた。
雨上がりのにおいは泥のにおい。
ふと、いつか書いたフレーズが頭によぎった。ジャコが前触れもなく足を止める。なにかと思えば、街路に植わった樹木を指さしてくる。
「これ、なんだ?」
「これは……あじさい、だな。この時期に咲く花だよ」
「あじさい」
改めて見てみると、よくも綺麗な形に咲くものだな、とこんもりした薄紫の半球を興味深く眺めた。
「あ、おいジャコ、かたつむりもいるぞ」
「かたつむり?」
分厚い葉の上を一匹の巻貝が這っていた。子供の頃はなじみ深い生き物の一種だったが、間近で見るのは久しぶりだ。
「チョンチョンって出てるだろ。つっついてみろよ」
「うん……うわっ!」
言われたとおりにしたジャコは、角が引っ込んだのに驚いて身をすくめる。その慌てた動作が面白くて、オレは笑った。
「びびんなって。目を突かれたから引っ込めただけだよ」
「びびってない、びっくりしただけだよ」
むくれた顔で、再び飛び出した角をつついてみせる。二度目の襲撃にあったかたつむりは、今度は身体ごと殻の中に隠れてしまい、動かなくなった。
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