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「とらすと、ふぁくとりー、しんじゅくてん」
気だるい暑さの中をうつらうつらとしていると、子守唄のようにジャコの声が聞こえてくる。
「じきゅう、せんにひゃくえん、きんむじかん、おうそうだん」
韻を踏んでいるから、どことなく楽しげだ。
「あかるく、たのしい、しょくばです。しょしんしゃ、けいけんしゃ、だいかんげい」
暗くて辛くて誰でもすぐに逃げ出します、なんて本当のことは書けねえもんなあ。
「おい、なに読んでんだ」
「リッカ、起きてたの?」
「目え覚めたんだよ」
頭の下に敷いていた腕をぐっと上に伸ばす。畳の目と垂直だったから、擦れてざりざり音がした。
「これ。置いてあった」
「バイト情報誌ね」
言われる前からわかってはいた。先日、駅のラックから持ち帰ってきたものだ。やたらと細かい字で、たくさんの情報が載っているように見せかけながら、一件でも「やってみようか」と思えるものはなかった。
「バイトってなに?」
「仕事の一種。働いて、金をもらうの」
答えたがジャコは首をかしげたままだ。
「おれもできるかな?」
「やめとけ」
即答した理由は三つあった。本名すらわからないのが一つ、子供であるのが二つ、そして、それらがなくとも、社会に出て働けるようには到底思えない、というのが三つ目だった。
「そっか……リッカを助けたかったんだけど」
ジャコがぼそりと言う。
「あ?」
「よく『金がない』って言ってるから」
聞いた瞬間、自分の頭を殴りたくなった。ジャコの前で気を遣うなど、考えたことすらなかったのだ。
「気にすんな。ただの口癖だから」
言い聞かせるように頭をぽんぽんと叩いてごまかした。
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