Ⅱ リッカ

57/70
前へ
/145ページ
次へ
「とらすと、ふぁくとりー、しんじゅくてん」  気だるい暑さの中をうつらうつらとしていると、子守唄のようにジャコの声が聞こえてくる。 「じきゅう、せんにひゃくえん、きんむじかん、おうそうだん」  韻を踏んでいるから、どことなく楽しげだ。 「あかるく、たのしい、しょくばです。しょしんしゃ、けいけんしゃ、だいかんげい」  暗くて辛くて誰でもすぐに逃げ出します、なんて本当のことは書けねえもんなあ。 「おい、なに読んでんだ」 「リッカ、起きてたの?」 「目え覚めたんだよ」  頭の下に敷いていた腕をぐっと上に伸ばす。畳の目と垂直だったから、擦れてざりざり音がした。 「これ。置いてあった」 「バイト情報誌ね」  言われる前からわかってはいた。先日、駅のラックから持ち帰ってきたものだ。やたらと細かい字で、たくさんの情報が載っているように見せかけながら、一件でも「やってみようか」と思えるものはなかった。 「バイトってなに?」 「仕事の一種。働いて、金をもらうの」  答えたがジャコは首をかしげたままだ。 「おれもできるかな?」 「やめとけ」  即答した理由は三つあった。本名すらわからないのが一つ、子供であるのが二つ、そして、それらがなくとも、社会に出て働けるようには到底思えない、というのが三つ目だった。 「そっか……リッカを助けたかったんだけど」  ジャコがぼそりと言う。 「あ?」 「よく『金がない』って言ってるから」  聞いた瞬間、自分の頭を殴りたくなった。ジャコの前で気を遣うなど、考えたことすらなかったのだ。 「気にすんな。ただの口癖だから」  言い聞かせるように頭をぽんぽんと叩いてごまかした。
/145ページ

最初のコメントを投稿しよう!

42人が本棚に入れています
本棚に追加