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もう看板持ちはまっぴらだ、と思ったオレは、日雇いではない別のバイトを探した。しかし、万が一にもバンド時代の知り合いに会いたくない、という余計なプライドが邪魔をする。自宅から遠い勤務地を選ぶせいで、交通費が無駄にかさんでいくのももったいなかった。
「引っ越しとかいいんじゃない? お前、体格いいし体力ありそうだし」
「知り合いに会いたくないんすよ」
夜中の三時、ショッピングセンターの倉庫で一緒になった年上の男に勧められた。倉庫整理のバイトは、炎天下でないだけマシだったが、時間帯が深夜なのと、ひたすら物品の数をかぞえるという仕事内容が単調すぎた。
「んな、受け持った家がたまたま知ってる奴なんて、万が一以下だろ。若いやつなら業者じゃなくて友人に頼んだりも多いだろうし」
「そうっすねえ」
「俺は腰やっちゃってるからもうできないんだけどな。拘束時間の割には給料もそこそこだぜ。腰と膝のサポーターだけは忘れんなよ」
そんなわけで始めた引っ越し屋のバイトは、案外オレの性に合った。身体を動かし続けるだけではなく、筋力を使い続けるというのが適度に、気が紛れてよかった。
上司がもれなく体育会系で、人を蛆虫以下の扱いしかしてこないことについては殺してやろうかと毎回煮えたぎる思いだが、今のところは耐えることができている。頭がジャガイモでできていると思えばいいのだ。ジャコの料理が上達したら、マッシュポテトにさせてやろう。
「リッカ、どこ行くの?」
寝ぼけまなこのジャコが目をこすりながら尋ねてくる。集合時間に間に合うように、朝早くから出かける準備をしていたのだ。
「仕事だよ、バイト。夜には帰ってくるからな。あ、そうだ、今週の金渡しとく」
昨日コンビニで引き出した、食費用の封筒を渡す。いつのまにかこいつは、やりくりまで考えてうまく料理をしてくれるようになっていた。どうやらおれよりも素養があったらしい。
しかしジャコは、不満なような、少し困ったような顔をした。
「リッカ、前に言ってたよ」
「なに?」
「仕事って『それをして生きてくこと』だって。『大事なこと』だよって」
「ん? ああ」
膝に巻くサポーターが見当たらず、上の空で返事をした。
「リッカはバイト大事? リッカはバイトして生きてくのか?」
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