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「でも、山城サンもよくプレイヤーで何か聞いてるじゃないですか。誰か知らないですけど、その歌ってる人だっていつかは夢追いかけてたんでしょう」
「アホか。才能ある奴はいーんだよ、べつに。そうじゃなくて、こんなとこでトラックの荷台で運ばれてさ、他人の荷物担いでるヤツに才能なんてあるわけねえじゃん」
「……そうっすね」
すんでのところで、なおも言い返したくなる気持ちをこらえたが、内心は煮えたぎってしょうがなかった。
なにが、才能あるわけねえ、だよ。どんな天才だって、よほどの強運に恵まれてなけりゃ、過酷な下積み時代をどこかで積んだに決まっている。
そんなことを知りもせず、さらには想像すらできない阿呆で馬鹿な脳味噌だから、人を怒鳴りつけてこきつかっても、平気な顔して笑っていられるんだろう。
道路が渋滞しており、引っ越し先への到着は予定よりだいぶ遅れた。
「お前ら急げよ。ちんたらしてたらぶっ飛ばすからな」
車通りが激しい幹線道路沿いのマンションだった。山手線の最寄駅からもほど近く、家賃は先ほどの数倍に跳ね上がるだろう。
それこそ部屋の主は、ミュージシャンで一発当てたりでもしたのだろうか。荷物の中には電子ピアノもあった、と嫌な予感が胸をよぎった。
「鈴木はエントランスとエレベーターを養生しろ。菅原はジャバラ持って部屋まで階段、すぐ来い」
「ハイ」
「返事が遅い! 殴られてえのか」
だったら十階まで自分一人だけエレベーターを使うなよ、と苛立ちながらも、指示された物を持って階段を駆け上がった。さすがに息が苦しい。
玄関ドアを開いて固定し、壁に保護をほどこしていると、山城と家主の会話が聞こえてきた。
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