Ⅲ ジャコ

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 せっかくつかんだタオルはあっさり取り返されて、頭をもみくちゃにされる。布越しに感じる大きな手。身体のほうはまだ寒かったが、その温かい感触は気持ちがよかった。  目の前の裸のにおいは、家を満たしている彼のにおいだった。ああ、同じだ、と頬が熱くなる。 「なに照れてんだよ」  鼻先を彼の胸にすりつけた。少し湿っていて、ほんのりと温かい。ずっとこうしていたくなる。どきどきと鼓動が速まった。 「なつかしいにおいだ」  何してんだ、と驚いたように彼が言う。 「拭くだけじゃしょうがないな……」  呟きながら離れてしまい、そして、にわかに信じがたいことを言った。 「風邪ひくからシャワーも使え。着替えは適当に出すから」  全身の毛がぎゅっと逆立つ感覚をおぼえた。せっかく、雨からのがれて屋根の下に入ったというのに、こいつはなんてことを言いだすのだ。 「嫌だ、シャワーは」  しかし、おれの抵抗は無駄に終わり、あっさり身体を持ち上げられ風呂場まで連行されてしまった。乱暴な野郎だ。 「二十秒はかかれよ」  目をつむってシャワーの下に立ち、言われた時間を頭の中で数えた。  容赦なく顔面に降りかかる湯を必死で我慢する。カウント二十とともに風呂場を飛び出すと、ふかふかの白いタオルで身体を包まれた。こちらの方が百倍、好きだ。 「服きたら、あっちの部屋使えな。空いてるから」  タオルも好きだが、しかしもっと大事なのは彼だった。言いつけには従わず、続いて風呂に入っていった彼をすぐ近くで待った。  がしゃり、と扉が開いたとき、座ったおれの目にまず飛びこんできたのは、真っ黒いしげみだった。 「あ」 「あ、てなんだ。あ、て」  人のそんなところを見るのは初めてだったのだ。さっきまで裸だった自分自身を思い出すが、産毛のようなやわらかい毛しかなかったし、なにより性器の存在感が違った。同じ生き物のものとは思えない。  風呂とトイレにはついてくるな、と彼は言った。 「お前だってションベンしてる最中、隣に引っ付かれたら落ち着かないだろ」  まあ、それはそうだ。できれば、身の安全を確保できる落ち着いた空間で用は足したい。 「あと、仕事な」 「仕事って?」  彼は一瞬迷ったそぶりを見せたが、答えてくれた。 「仕事っていうのは、それをやって生きていく、ってことだ。大事なことだよ」
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