42人が本棚に入れています
本棚に追加
せっかくつかんだタオルはあっさり取り返されて、頭をもみくちゃにされる。布越しに感じる大きな手。身体のほうはまだ寒かったが、その温かい感触は気持ちがよかった。
目の前の裸のにおいは、家を満たしている彼のにおいだった。ああ、同じだ、と頬が熱くなる。
「なに照れてんだよ」
鼻先を彼の胸にすりつけた。少し湿っていて、ほんのりと温かい。ずっとこうしていたくなる。どきどきと鼓動が速まった。
「なつかしいにおいだ」
何してんだ、と驚いたように彼が言う。
「拭くだけじゃしょうがないな……」
呟きながら離れてしまい、そして、にわかに信じがたいことを言った。
「風邪ひくからシャワーも使え。着替えは適当に出すから」
全身の毛がぎゅっと逆立つ感覚をおぼえた。せっかく、雨からのがれて屋根の下に入ったというのに、こいつはなんてことを言いだすのだ。
「嫌だ、シャワーは」
しかし、おれの抵抗は無駄に終わり、あっさり身体を持ち上げられ風呂場まで連行されてしまった。乱暴な野郎だ。
「二十秒はかかれよ」
目をつむってシャワーの下に立ち、言われた時間を頭の中で数えた。
容赦なく顔面に降りかかる湯を必死で我慢する。カウント二十とともに風呂場を飛び出すと、ふかふかの白いタオルで身体を包まれた。こちらの方が百倍、好きだ。
「服きたら、あっちの部屋使えな。空いてるから」
タオルも好きだが、しかしもっと大事なのは彼だった。言いつけには従わず、続いて風呂に入っていった彼をすぐ近くで待った。
がしゃり、と扉が開いたとき、座ったおれの目にまず飛びこんできたのは、真っ黒いしげみだった。
「あ」
「あ、てなんだ。あ、て」
人のそんなところを見るのは初めてだったのだ。さっきまで裸だった自分自身を思い出すが、産毛のようなやわらかい毛しかなかったし、なにより性器の存在感が違った。同じ生き物のものとは思えない。
風呂とトイレにはついてくるな、と彼は言った。
「お前だってションベンしてる最中、隣に引っ付かれたら落ち着かないだろ」
まあ、それはそうだ。できれば、身の安全を確保できる落ち着いた空間で用は足したい。
「あと、仕事な」
「仕事って?」
彼は一瞬迷ったそぶりを見せたが、答えてくれた。
「仕事っていうのは、それをやって生きていく、ってことだ。大事なことだよ」
最初のコメントを投稿しよう!