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風呂の前から追い出されたおれは、彼のにおいをたどって、物がたくさん置いてある部屋へと向かった。ほどなくして小さなタオルで髪を拭き上げながらやってきた彼は、呆れたような声で言った。
「お前の部屋はあっちだろ」
「風呂とトイレと仕事以外ならどこにいてもいいって」
反論すると怒り顔が近づいた。
「家主の言うことはちゃんと聞けよ、追い出されたくなかったら」
一段階低くなった声が、鼓膜をぶるぶるとふるわせた。呼応するように、胸が高鳴る。
頭に添えられた手のひらは冷たい。なのに熱い、顔が熱い。真っ黒な瞳に捕らえられ、目がそらせない。
「……ジャコ」
呼ばれた響きは、高ぶる心にすっと沁みこんだ。何か大事なことを忘れたままの心細さに、まっすぐ一本道が通ったようだった。
「うん」
「さっそく返事してんじゃねえよ」
彼が初めて笑った。
困ったり、怒ったり、呆れたりばかりしていた彼の笑い顔。ほんの一瞬だったが見とれ、おれの顔もほころんだ。
「オレはリッカ。菅原立夏っていうんだ」
――リッカ。
再び鼓動が速くなり、その名前が全身を駆け巡った。
リッカ、リッカ。欠けていたピースがぴたりとはまる。ずっと探していたんだ。もう、離れない。
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