Ⅰ ジャコ

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 痛い。寒い。怖い。  道路脇の側溝に挟まりこんだおれにできることといえば、息をすること、そしてブルブルと小刻みに震えることだけだった。  さっきまで追われていた雌犬の吠え声が、耳鳴りのように頭に響く。奴がすでに尻尾を巻いて立ち去った後なのはよかったが、それはとつぜん雨が降ってきたからだった。  いつも「あら、雨ねえ。これじゃあお散歩に行けないわ」とふんわり抱きかかえられて、部屋から眺めていただけの雨。 「でもその分、あなたといられるものね」  あの声はあんなにも温かかったのに、雨というのは、打たれるとこうまでも暗くて冷たくて、辛いのか。  せいぜいシャワーのようなものだと思っていた。それにしたって大嫌いで、一度としてまともに浴びた試しなどないのだ。もうじき夏がやってくるというのに、寒くて震えてしょうがない。  おれは全身傷だらけだった。犬だけではなく、最初に追いかけてきた、いや、おれを暖かいすみかから追い出した人間たちのせいもあった。  家から外に出るのなんて、記憶にある限り初めてのことだった。おばあさんが起きてこなかった、あの朝。いくら鳴いても舐めても、閉じた目がぴくりとも動かない。  しばらく、いや気が遠くなりそうなくらいの時間、隣に寄り添っていたが何も起こらなかった。だめよ、と言われていた台所に飛び乗り、シンクに溜まっていた水でなんとか喉の渇きを抑えながら、その間も諦め切れずにニャアニャア鳴いた。それでもおばあさんは、ぴくりとも動こうとしなかった。
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