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「おかえり、アウジード」
牙を覗かせるほどの笑みを勢いよく向けるが、傍らに立つアウジードは馴れたものなのか特に大きな反応も見せず、
「ああ、ただいま」
と、短く返すだけだった。しかし、黒い眼帯で隠されていない青い左目はうっすらと細められ、あまり他人には見せない喜びを覗かせていた。それにラズも気づいてか、尻尾の揺れは全く感情を隠さない。
アウジードがカツリと杖をつき、片足を踏み出す。隣に座るのだろうと僅かに腰を浮かせ場所を空けるが、何故かなかなか座ろうとしてこない。かといって、何処かに行く様子もなく、ただ無言で立ち止まっているだけだ。しばらくその状態が続き、さすがにラズも不審に思い、そろりと顔を上げ様子を伺った。
「砂漠が恋しいか?」
見上げると同時に降ってきた問い掛け。窓の外を見つめるアウジードの姿に、ラズは一瞬表情を曇らせたが、間髪入れずに首を大きく横に振った。
「そんなに恋しくは思わない」
ラズの返答に、何故かアウジードは怪訝そうな表情をする。
「ならば、何故ここ数日いつも砂漠を眺めている」
「別に砂漠を見てる訳じゃない。流れてくる風を感じてるだけだ」
「風を?」
清々しさを見せる表情の返答に、アウジードは眉間にいっそう深い皺を寄せる。
「二、三日前から風の匂いが変わったんだ。まあ、これもすぐに落ち着いて消えるんだろうけどな」
「変わったとは、どういう事だ?」
「砂の匂いに混じって、アウジードの魔力がちょっとだけ感じ取れるようになった。だから、こうやってると良い気分になるんだ」
「私の魔力。……つまり、砂狼の儀式は滞りなく行われたという訳か」
「……うん。そうみたいだな」
儀式の夜の出来事を思いだし、穏やかだったラズの表情に影が落ちてしまう。僅かな様子の変化に気づき、アウジードが銀色の髪にそっと触れてくる。すると、項垂れていた耳が嬉しそうに立ち上がった。
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