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「……いやだ……。あぅ、………おれ、このまま……じゃ。……怖ぃ……」
とうとう震えた声がこの状況を拒絶する言葉を吐き出してしまい、目尻に溜まっていた涙も流れ落ちてしまう。ラズは力の入らない腕でアウジードの身体を押し、遠ざけようとするが、その抵抗を押し退けアウジードは身体を寄せ、ラズの流す涙を口づけで吸い取った。
「ラズ、恐れる必要はない。……抗う事なく、私の与える愛をその身に感じろ。私も、お前の全てを愛する……」
囁き重ねられた唇。想いが絡まる深い口づけは、ラズの心身を熱く溶かし、不思議と安らぎに満ちた。ラズは執拗に口づけを求め、自身に生じた恐怖心を和らげていった。
与えられる快楽の波に溺れたラズは、自分を忘れてしまいそうな蕩ける感覚の中、一心に見つめてくる青い瞳を見上げた。
自由を奪われ、一方的な行為を強要されたあの夜。ラズは苦痛と屈辱で涙を流した。しかし、今はアウジードに見つめられ、抱かれるこの一時がとても愛おしく、与えられるこの心地よい苦しみに歓喜に震えた甘い声をこぼすだけだ。
「あぁ……、アウジード。……アウジード」
ラズは砂狼という魔獣の本能を捨て、愛おしい男の名を呼ぶ。
「……ラズ、愛している」
声に応えるようにアウジードもラズの名を囁き、青い目を柔らかく細める。
もう、あの美しい金色の月の輝きを見る事はできない。そして、その輝きが自分を見つめる事もない。けれど、青い空の色はいつも琥珀色の大地を見つめ、獣を優しく包み込んでくれる。ラズはそれだけで幸せだった。
独りではない喜びを教えてくれ、温かく心地よい眠りを与えてくれたアウジード。
孤独だった狼は、それら全てを与えてくれた男の腕の中で幸せと安らぎに包まれていた。
【終わり】
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