0人が本棚に入れています
本棚に追加
帰路は扇浦や境浦の海岸沿いを走って、二見港に戻ると、もう午前十一時半を回っていた。欧米系日本人の祈りの場所、聖ジョージ教会の前に来た。小柄で簡素だが美しい。昼食は島寿司に、パッションフルーツのジュース。
おみやげに写真集などを買って、今朝(けさ)まではホテル代わりだった船に乗り込んだ。あてがわれたのは、行きと同じ三等船室。足を伸ばして横になるだけで、隣の人の頭を蹴っ飛ばしてしまう。同室だった大学生の姿を認めた。軽く挨(あい)拶(さつ)したが、会話はもはやはずまなかった。
楽園との別れ
桟橋は見送りに来た人たちでいっぱいだった。甲板にはハイビスカスの花輪を首にかけた人々がいる。銅(ど)鑼(ら)が鳴る。午後二時、二見港を出港。花輪が桟橋に向かって投げられたが、むなしく海上に落ちてしまう。それと同時に、港に停泊していた五隻余りの船が、別れを惜しむように一斉に走りだした。
マリンスポーツを主催している団体の船だった。ともに遊んだ束(つか)の間(ま)の友人と、別れを惜しんでいるのだろう。聟島ツアーに連れて行ってくれたミスパパヤ号も、二見港の出口まで送ってくれた。船上には十名以上の人が、手を振っているのが見えた。
船室に入ると、昨日一緒にドルフィン・スィムに参加した女の子たちと出会った。
「今日も半日だけ参加したけど、イルカには会えなかったわ。風が強かったからかしら」
昨日の僕らは幸運だったのだ。あれほどのイルカと出会えて、青年と海亀の交感まで見られたのだから。リュック・ベッソンの映画の一コマみたいな世界が、目の前で展開していたのだから。
しばらく僕は放心したように、何もない太平洋の、真夏の潮と光の戯れを眺めていた。昨日、聟島からの帰途に、インストラクターが話してくれた言葉がよみがえった。
「明日の二時の船で帰る人は、三時半頃に船の右側に聟島が見えますから、懐かしんでください……」
父島を過ぎてまず見えたのは嫁島だった。やがて、媒島、聟島とすべてが視界に入ってきた。双眼鏡で覗くと、岩肌のきめまでがくっきり見えた。嫁島の洞門も目の前にあるみたいに。マグロ穴での神秘的な光景、どこを見回してもうろこが放つ銀色の光に目がくらんだ瞬間が、幻のように頭をよぎっていく。
最初のコメントを投稿しよう!