第1章

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 めまいがするほど崖は切り立ってる。太平洋の青い水平線は弧を描いている。木の幹にアノールトカゲが、じっとはりついていた。暑さをしのいでいるのである。全身が緑色の珍しいものだが、これはアメリカ原産の帰化動物なのだそうだ。  僕が目にしているのは、小笠原の自然のごく一部だ。火山が噴火してできた島々は、遠い昔にマグマの供給が止まり、山は風雨に削られて老年期にさしかかっている。あと十万年もすれば、東側にある伊豆小笠原海溝に呑(の)み込まれる。その時、島が育んだ固有種も、運命をともにすることになるのだ。  本当はユースホステルに泊まりたかった。見知らぬ土地から来た人と、その場限りとはいえ、友人のように語り合うのが好きで、社会人になってからも、ずっとユースホステルを使ってきたのである。ただ、島に一つしかないユースホステルは、あいにく予約でいっぱいになっていた。竹芝桟橋から乗ってきた船の2等客室が、島にとどまる間のホテル代わりになるのだ。きちんとベッドもあり、雑(ざ)魚(こ)寝(ね)の三等室とは別世界である。  昼間に口にした島寿司が、また食べたくなった。夜の岸壁から離れて、明かりのともった割(かつ)烹(ぽう)に入ることにした。板前の粋なお兄さんとおしゃべりしていた。真っ黒に日焼けしていて、金色のネックレスをしているが、出(い)で立ちは板前そのものである。仲居のお姉さんもよく日焼けしていてピアスをしており、紫色の和服を着ているのがちょっとアンバランスだった。二人とも水着姿の方が似合うのである。  板前のお兄さんから、島寿司のネタに使うサワラのほか、特産のパッションフルーツのことなども聞いた。生産の絶対量が少ないので、農協などでも今はないという話だった。  船に戻り甲板の上に出た。船の明かりで白濁して見える船(ふな)縁(べり)に、キイロハギが群れていた。ところが、よく目をこらしてみると、小指ほどの小魚が数百匹も、巨大な塊(かたまり)となってうごめいている。明かりがあると魚が寄ってくるのは、逆らいがたい本能だとされるが、それが時として命取りになるのである。  シーカヤックに乗る
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