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小笠原で明けた最初の朝、シーカヤックのツアーに参加するため、マイクロバスで二見港の南にある扇(おうぎ)浦(うら)へ向かう。海岸線沿いのカーブとトンネルの多い道を、崖下を見下ろしながら進む。本日のインストラクターは、九年前に小笠原に来てそのまま居着いてしまい、社会復帰できないまま三十歳になった男性だった。それだけこの島の自然に魅せられたというわけだ。
シーカヤックというのは、海の上を進むカヤック、櫂(かい)でこぐ小舟のことである。そのこつは、とにかく前方の水面をこぐようにすること、二人乗りの場合には、同じリズムでこぐということだという。方向転換は後ろの人が、足でかじを調節することになる。例えば、左に曲がりたい場合は、前の人は右側だけ前進し、後ろの人は左側だけ後進するようにこげばいい。
僕がシーカヤックの前に、大学生の男性が後ろになったのだが、実は仕切り屋が後ろの方がうまくいくらしい。大学生は要領が悪くて、上手にかじが取れず、あらぬ方に曲がってしまうばかりか、こぐ力も弱いために、僕一人でこいでいるようなものだった。
天狗鼻という岬を越えたところで、いったん浜辺に上陸する。通称メリケンマツという、松に似て否なる大木が生えている。それ以外にも、さまざまな種が落ちている。この類(たぐ)いの植物は、一度海中に落ちた方が発芽率がいいらしい。
境浦に出たところで、戦時中に米軍の空襲で座礁した貨物船、濱(ひん)江(こう)丸(まる)の上をこいでいった。全長百二十メートルもあったとのこと。この船体のおかげで、境浦は防波堤に守られたように、波が穏やかなのだという。
軽く水遊びしてから昼食の弁当を開く。お湯を沸かしてインスタント味噌汁、ビールにデザートのオレンジまで付いている。それからしばらくは、水中眼(め)鏡(がね)とフィンを借りて、海中を覗きながら泳いだ。
ところが、ふだん使っている物と違って、レンズの外に鼻を出すようになっているため、どうしても海水が入ってきてしまう。これは口に手をやって、口から息をするのに慣れてから、水に入ればいいらしい。あとは呼吸のリズムだ。ゆっくり二度、そろそろと吸い、一度に強く吐き出すこと。
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