第1章

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 その日は素晴らしい天候だった。朝食を急いで済ませると、ジュースとビールを買い、昨夜頼んでおいた弁当を受け取った。シュノーケルと水中眼鏡は自分で用意し、フィンだけは借りることにした。参加するのは三十名弱というところか。学生風の若い男女が大半で、波も穏やかでこれほど天候に恵まれるのは、久しぶりだということだった。  聟島ツアーに行く純白の高速船、ミスパパヤ号に乗り組んだ僕らは、簡単な説明を受けると、二見港内のとびうお桟橋を出港した。自然が相手なので、イルカに出会えるかどうかは、保証の限りではなかったけれど。  小笠原の海を見るまでは、沖縄の海と似たようなものか、と思っていたが、実際はかなり異なっていた。中国大陸から突き出た陸橋が、地殻の変動によって水没して生まれた沖縄では、周囲の海は遠浅で沖にはサンゴのリーフが発達している。浅い海は灼(しやく)熱(ねつ)の光に温められ、いわゆるエメラルド・グリーンに輝いている。それに対して、海底火山の隆起によって出来た小笠原では、浜から数メートルも行けば、たちまち海は崖のように落ち込んでしまう。  小笠原の海の美しさといったら、とにかく海が青いことだ。光の具合では黒くさえ見える。言わば「黒潮」の直(ただ)中(なか)にある、といった印象なのである。  兄島瀬戸を抜けたところで、さっそくイルカの群れと出くわした。女の子たちが「ああ、かわいい」と叫び声を上げている。これほど多くのイルカが海にいて、人懐っこく船の左右や前方を泳ぎ回るのには驚いた。まるで船を先導しようとしているように、舳(へ)先(さき)でしばらく泳ぎ続ける者もいるのだ。「すごい、すごい」という声に応えてか、しきりにジャンプを見せてくれたりもする。言葉が通じなくても、こちらの気持ちを察してくれているのだろうか。
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