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新しく入隊してきたあいつを俺はどうも好きになれない。
戦禍もいよいよ激しくなる中、我が部隊に配属されたのは小柄な少年だった。
自慢に聞こえるかも知れないが、それまで部隊の花形スターは俺だった。
骨太ですこし太りぎみだが実力たるや随一。それも皆が認める所だし、次の決戦での活躍も上官から期待されている。
なのに出所も定かでないあいつの話題でもちきりだ。
小柄ながらも、内に激しいものを秘めた体躯と、涼しげな眼差し。その奥にはどこかこの戦局を儚んでいる様な印象さえある。
嫌な印象は無い筈なのに。俺は奴の何が気に食わないんだろう?。
ある時、奴と話す機会があった。俺は奴に聞いてみた。
「この戦いは我が軍の勝利に終わると思うかい。」
わざと、もって回った言い方をしてみる。
奴は少し考えてから呟くように言った。
「終わると思う。だが・・・」
「だが?。」
「おそらく最悪の形で。」
「?」
「いずれにせよ」
「・・・」
「神は死んだ、と言えるだろう。」
奴は一瞬、狂気じみた笑みを口元に浮かべるとそれきり沈黙した。
なんだってんだ。ニーチェってか。俺はイライラと眠れぬ夜を過ごした。
そんな折、軍事通達が下され、奴の出撃 が決まった。
俺より先に。この俺より先に。なんてこった。そうか、奴に感じていたのはこれだ。
栄誉、それもこの戦局を決定づける栄誉を横取りされるかも知れないと言う焦り。
俺は奴を睨み付ける。だが奴は例の笑みを浮かべ、
「これから僕はするべき事をするだろう。」
そう呟いた。その目だけは変わらず涼やかだった。
奴の戦績が届いた。小柄な身体からは想像しえない程の凄まじい働きだったと言う事だ。
奴はこの世にもう一つの地獄を生み出した。
奴も、この俺もその為に生まれてきた。
・・・なのに。どうして涙が溢れてくるんだ
?泣くことなんかできない筈のこの俺が。
通りかかった工兵が首を傾げて、俺の足元をモップ掛けしていった。
三日後、俺も戦地にいた。眼下を眺めて思う。俺が奴に感じていたのは最初は嫉妬だった。だがそれはやがて憂鬱に変わっていった
。奴に自分を見ていたのだ。自分にそっくりな他人はひどく腹立たしく見える。奴は俺だ。いや俺は奴だ。・・・なんだろう考えがまとまらない。あとは「するべき事をする」
だけなのに。そうすればおれのこのちっぽけな気持ちも全ては無に帰すのだ。
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