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そういうわけで、ほんとにこの旅行だけはお断りいたしたい。
「あのさ、日本でもオペラ見れるよ?」
なーんて、試しに言っただけです。そんな、見る間に不機嫌になるのは止めて。
「分かった。考える。休みの調整とかしてみるから、ちょっと待って」
てな感じでその日は逃げ出した。
それから数日が過ぎた。あの日以来、僕は郁美に会っていない。それどころか、コンタクトも取っていない。ボロアパートの二階にある自分の部屋に閉じこもっている。元来、出不精の性質だから、それ自体は辛くない。
寂しいと言えばそうだが、飛行機に乗るべきか乗らざるべきか、という選択は僕の中でそれほどに重たいものなのだ。
休日。
テレビを見ながらぼんやりと時を過ごす。画面の向こうではアイドルなのかアナウンサーなのか見分けのつかない若いネーちゃんがマイク片手にスイーツ的なものを紹介していた。
「見てください、この素敵な層。それに濃厚なチョコレートとコーヒーの香り。上に乗った金箔が、何ともお洒落ですよねぇ」
画面に映し出されていたのは、直方体のケーキだった。何層にもなっていて、一番上にはてかてかしたチョコレートが塗られている。その真ん中に鎮座ましますのは金箔。黒っぽい茶色だらけのケーキの中で、金箔はひときわ輝いていた。
「綺麗ですよねぇ。食べるのが勿体ないなぁ」
ネーちゃんは大袈裟な身振りでケーキの周りを顔だけでうろうろしている。何かこう、サル的なものを思い出してしまうのは僕だけだろうか。良いからさっさと食え。
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