第二話

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 クリスタルとは記録保存メディアの一種だ。ハードディスクやフラッシュメモリと同じように、コンピュータ上のデータを保存することができる。とりわけ、クリスタルは都市の人々が埋め込んでいるチップの記録保存に用いられるものだった。  個人の記録――身体の一部として機能していたものならば最早本人の思い出といっても過言ではない――を保存する以上、そのロックは通常のメディアに比べて遥かに厳重なものとなる。  夏生が今回解錠を求めるクリスタルは、先日亡くなった母親が遺したものだった。  病に冒されていた母は、入院生活の中で左手からチップを除去し、専門の業者を呼んでクリスタルとした。  夏生は病院に毎日見舞いに訪れたが、母が業者を呼んでチップをクリスタルに加工しているとは知らなかった。  余命僅かな者がチップをクリスタルに加工し、形見として遺すのにはいくつかのパターンがある。自分がいたという記憶を遺しておきたいというもの。自分の遺したものを見て偲んで欲しいというもの。自分の存在を単純に美しいものにしてしまいたいというもの。  夏生は、母がどういった想いでチップをクリスタルとして遺したのか分からない。だから想像するしかなかった。  遺書。財産。クリスタル。それが一人ぼっちの夏生に残されたものだった。  造るのに専門の業者がいる以上、クリスタルはロックを解除するにも専門の業者がいる。掛けた業者で解けそうなものだが、あいにく夏生は母が一体どこの業者に依頼してクリスタルを造ったのか知らなかった。  遺書にはクリスタルを解錠するかどうかは夏生に任せると書いてあった。しかし解錠のヒントとなるような文言は一切なく、夏生はそこに母の葛藤を見た。自身の体験を美しいクリスタルとして遺すものの、むやみやたらに暴いて欲しくはないという想いを。  だが、クリスタルは母が生涯を共にしたチップが埋め込まれている。死してから、母のことが分からなくなった。母のことを知りたいと思ったのだ。たとえ彼女の想いの死体を暴くことになろうとも。  都市の内部にいる解錠専門の業者を数件当たってみたものの、どこも「うちでは難しい」という返答だった。
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