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こういったやり取りを何度もしなければならないなんて、親というものは大変だな――
「お兄ちゃんのおめめ、きれいだね。宝石みたい」
「あ、ありがとう」
目のことを褒められるのは正直苦手だった。だが小さな子ども相手にむきになって否定する方がおかしい。大分ぎこちないながらも、夏生は何とか笑顔を浮かべてやり過ごした。
髪こそこの都市で一般的な黒髪であるが、夏生の瞳は夏の早朝の静かな空の青をしている。花の色のような薄群青。綺麗と褒められることもあれば、どういう経緯でできた色なのかと訝しがられることもある。
人に自分のことを探られるのは嫌いだった。もしここで、男の子が「ぼくのと違うのはなんで?」なんて訊ねてきたら――
バスのアナウンスが目的の停留所名を告げた。それと同時に左手のチップも下車の二文字を手の甲に浮かび上がらせる。
「お兄ちゃんのお手手すごい! 光ってる!」
「ええと、これは……」
何と言うのが正解なのだろう。目のことを訊ねられなかったのには正直安堵したが、今度は別の問題が出てきてしまった。
まさかチップを見たことのない子どもがいるなんて。目のことを聞かれるのとどちらがましだろう、などと比較すべきではない比較までしてしまう。
「ほら、危ないからこっちにいらっしゃい」
バスが停車に向けて緩やかに減速する。母親がなぜか少し険しい顔で夏生たちのところにやって来た。
「ごめんなさいね、この子が突然」
「いえ……」
母親はちらと夏生の左手の甲を見ると、僅かに顔を強張らせた。どうかしたのかと訊ねるような勇気は夏生にはない。ただ短く返事をするのが精一杯だった。
男の子は母親に連れられ元いた席に戻っていった。
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