第一話

4/6
前へ
/57ページ
次へ
 夏生はここが降りるバス停なので、慌てて前方の降車口に向かう。  バスを降りる際、いつもの癖でバス備え付けの接触端末に左手を近付けようとする。しかし目的の接触端末が運転席周りのどこにも見当たらない。なんで、どうして。  焦っていると、運転手が怪訝そうな顔をして夏生を見た。夏生が左手をわたわたと動かしているのを見て、色々と察したらしい。 「お客さん、このバスは電子通貨が使えないんです。現金で払ってくれますか?」 「あっ、は、はい!」  げんきん、現金。一瞬何を言われたのか分からず、言葉の変換に戸惑うくらいには慌てていた。鞄の中から、念のためにと持ってきた現金の入った財布を取り出して運賃を支払う。  ありがとうございました、という運転手の声を背に受けてバスを下りた。未だに心臓がばくばくと音を立てている。  胸に左手を当て、「チップ、心拍数」と唱える。数秒の後、現在の夏生の心拍数や血圧が数値となって浮かび上がった。自分がどれだけ落ち着けていないのか、数値によって客観視することで冷静さを取り戻す。  夏生が下りた停留所は、一言で〝郊外〟といっても長閑な田園風景が広がっているようなところではなかった。間隔は広いものの、庭付きの一戸建ての住宅が至るところに建っており、家々に沿って引かれた道はアスファルトによって舗装されている。車の通りもそこそこあった。
/57ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加