第一話

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 夏生の住む都市は、セントラルと呼ばれる中心地と郊外と呼ばれるその周辺地域によって成り立っている。大きな違いは、夏生のように左手に極小の端末――チップを埋め込んで生活しているか否か。たとえばセントラルならば公共交通機関や店舗は全てチップに対応しており、電子通貨での支払いが可能となる。だから現金を持ち歩くということがほとんどない。逆に郊外は、身体に機械を埋め込むという感覚が受け入れられない人が多く住んでいるため、電子通貨ではなく現金での支払いとなるのだ。その差異に気付かないまま、セントラルに住む人間が郊外に出ると、先程の夏生のように慌てふためくことになる。  都市の中心部――セントラルに住まう人間が、都市の郊外まで出てくることは珍しい。セントラルには物資からサービス、多岐に渡るものが揃っている。左手に埋め込んだ超小型端末さえあれば、公共交通機関の乗り降りも、買い物も、音楽のダウンロードさえもできるのだから。  セントラル生まれ、セントラル育ちの夏生にとって、今回の外出はちょっとした冒険のようなものだった。  バス停を降りてからは徒歩での移動だった。約徒歩十五分――ルート案内を起動している左手の端末がそう告げている。  鞄に入れたままのクリスタルのことが気になった。クリスタルは精密機械中の精密機械だ。日常生活に耐えうる防水や耐熱の加工がされているとはいえ、この炎天下ではさすがに心配にもなる。  そうはいっても、自分には心配することしかできない。クリスタルどころか、一般機械を取り扱う第一言語者の資格も持ち合わせていないのだから。  夏生が郊外に出てきた理由こそ、鞄の中の心配事であるクリスタルだった。クリスタルの解錠。その目的のために、夏生は不慣れながらも郊外行きのバスを乗り継ぎ、ここまでやって来たのだ。  郊外といえども道は舗装されている。アスファルトの照り返しがきついくらいだ。  この先にクリスタルの解錠を得意とする第二言語取得者の事務所があるはずなのだ。案内の通りに歩いてはいても、来たことのない場所はやはり辿り着けるか不安になる。
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