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周囲の風景と、左手の手の甲に浮かび上がる立体地図を何度も見比べては足を進める。すると周囲の家々に比べれば少し小さい平屋の一戸建てが目に入った。昨晩、事前に写真付きマップで見た該当住所の外見ととても良く似ている。チップが告げる残りの距離からして、夏生の目的地はあそこらしい。
「……花田電機事務所」
表札に書いてある文字を見て、夏生はは少し怪訝な気持ちになった。花田。どう考えても名字である。事前に調べたときに書いてあった事務所の名前はこれではなかったはずだ。
基本的にこの都市の人間は、セントラル住まいであれ郊外住まいであれ姓を名乗らないことで知られている。行き過ぎた個人主義――血筋の成り立ちやどこに住んでいるかまで明らかになるような姓は個人情報の塊であるという考え。
セントラルとは異なる考え方が多い郊外とはいえ、そこのところは共通しているはずである。そんなところで、花田というあからさまに浮いた姓を見かけてしまったのだ。
この事務所の所長はもしかしたら相当な変人なのかもしれない――夏生の警戒心も自然と上がってしまう。
左手のチップは先程から小さな振動を続けており、ここが夏生の目的地であることを告げている。ここに踏み込まないことには自分の目的を達することはできない。
夏生は大きく深呼吸をして玄関のベルを押した。
〈はい〉
インターフォンから聞こえてきたのは、想像していたよりもずっと年若い声だった。ひょっとしたら、夏生と同い年くらいの少年かもしれない。
「あの、こちらでクリスタルの解錠を取り扱っていると聞いたんですが……」
〈ああ、お客さんか。ちょっと待ちたまえ〉
ぶつりと通話が切られ、数拍の間。施錠が外される音がする。
尊大な口調にちょっと面食らいながらも、夏生は言われた通り玄関で待った。
ドアがガチャリと音を立て開けられた。これから出てくるのは間違いなく花田電機事務所の人間である。夏生の緊張は一気に膨れ上がった。
「待たせたかな」
「いえっ! いえ……?」
「二回も否定する必要はないと思うけどね。まあ、客人には変わりない――ようこそ、縹(はなだ)電機事務所へ」
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