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スツールを回転させて、彼女は周囲を見渡した。
「『この店の名前』が、スペシャルヒントです」
「『Jewel 』……」
程よく落とした照明の下、壁や天井、額縁、店の入口のドアベルなど、至る所を飾る小さな塊がチラチラと光を放っている。
「あの宝石たちがそうなのですか?」
「厳密に言うと、鉱物に属する物では無いので『宝石』とは違います」
カウンターの天井からぶら下がるダウンライトを引き寄せる。その笠にも幾つかのの石が嵌め込まれているのだ。
「『Jewel』には、『宝石』や『装飾品』などの他にも『大切な物』、『貴重な物』の意味が含まれています。これらの石は、この店に訪れた方々の大切な思い出の形なのです」
「大切って……。それが、消してしまいたいほどに悲しくて辛い思い出だったとしてもですか?」
細い弓型の眉がひそめられた。
「捨ててしまいたいほどの思い出には、いつだって幸せな記憶が付随しているものです。幸せだった時期があったからこそ辛く悲しい、違いますか?」
一瞬身体を硬くした彼女は、小さくため息をつくと
「……幸せだった頃、ですか」
と、静かに呟いて目を伏せた。
長い睫毛の奥の瞳から、涙が零れてくるのではないかと見つめていると
「確かに、そうかもしれません」
意外にも、彼女は薄く微笑んだ。それは諦めにも似た、感情を消し去ろうとしているような笑みだった。
「つまり、記憶を石に封じ込めるという意味でしょうか? スピリチュアル的な方法でも使って?」
「いえ、その手筈ですとまずはじめに『石』が必要になる。私にはそういった物は一切不要です」
「では、どうやって?」
「お客様ご自身から、作り出させていただきます」
君主に仕える従者のように、私は恭しく彼女の前に右手を差し出す。
「始めましょうか、お客様」
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