Cry Lady Cry

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 本来ならば、NY辺りのカウンセラーの部屋に置かれているような、良質なカウチソファーに座ってもらいたいところだが、あいにくこの店はカウンターのみの小さなBARである。スツールに腰掛けてもらったままで、施術を始める。 「どうぞリラックスなさって下さい」  店の扉の外に『CLOSED』の札を掲げ、緊張している様に見える彼女の背に声を掛けた。 「今から、貴女が『買い取って欲しい記憶』を、貴女の中から抽出します」 「は、はい」 「余計な雑念は捨て、その記憶だけを思い起こせるようお手伝いさせた致きます。さあ、目を閉じて」  少し戸惑いを見せた後、彼女はゆっくりとまぶたを下ろした。 「何か音楽を流しましょう。その思い出に関わる、特別な曲などはありますか?」 「……彼は古いBLUESが好きでした。特に女性ボーカルの」  一般的には『ブルース』と呼ぶ者が多いのに、彼女は正確に『ブルーズ』と発音した。 お相手の男性は、なかなかの音楽通なのであろう。  察するに、彼女はその男との思い出を売りに来たようだ。別れた恋人との記憶を手放しに来る客は多い。さっぱりと忘れて次の恋に、という前向きな客もいれば、失恋による深い胸の痛みに耐えきれず、とにかく楽にしてくれと薬を求めるように、この店にたどり着く者もいる。  彼女はどうやら、後者に当てはまるとみた。
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